2006年7月アーカイブ
久しぶりにゆっくりした贅沢な休日の午後でした。
今日は久米川さんちでホームコンサートです。ゲストは竹中真クンです。 10人ぐらいの友達が集まりました。 僕たち同級生なんです。
竹中クンはたいしたヤツなんです。
1989年に日本人初のバークリー音楽大学助教授となりました。 4年後には准教授にスピード昇進。現在では、 同大学准教授として教えながら世界各地で即興演奏についての講義やコンサートを行っています。 CDや本もたくさん出ているんですよ。
僕らは同級生のよしみで彼の演奏を小さなホームコンサートで楽しむことができるのです。(^_^)
竹中君はアメリカ、コネティカット生まれ京都育ち。同志社中学・高校から国際基督教大学へ。その同志社で同級でした。 彼はICUの大学院終了後、ボストンのバークリー音楽大学へ留学。吉田は大学卒業後、大阪のベタベタの中堅企業に就職・・・ えらい違いやな?(笑)
日曜の午後をジャズピアノで楽しんだまさきでした。ほんま、ゆっくりした、いい時間でした。 (^_^)
創業塾の最終回でお話しました。10時から12時までの2時間でしたが、 またまた25分もオーバー。 タイムマネジメントできてない?って叱られそうです。(笑)
時間内に終わるのはとっても簡単なんですが、この機会に、これも、あれも、それも、こいつも、話しておきたくなります。欲張りなのかな? なので、ついつい、舌が・・・・回ってしまいます。
吉田の話は毎回進化しています。たとえ話が違うものに・・・、項目が増えたり、減ったり、二つの話が一つに合体したり、一番大切なこと! が変わったり。(笑)講演やセミナーはライブなんで、その時の僕の気分も影響していると思います。簡単なレジュメは持っていますが、 中身はしゃべり出すまで決めていません。
写真はその時の受講生のみなさんです。
みなさん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
オフビートの北田さんのご紹介でホワイトシップさんにお邪魔しました。
僕の左が長谷部、右が谷澤さんです。
お二人はコミュニケーションアートとビジネスを融合し、社会を心豊かなものへ活性化する美ジネスを展開しておられます。
書きながらようわからん吉田ですが、(長谷部さん、ごめん)企業のビジョンをビジュアル化したり、思いとか、ココロを絵にすることで、 今まで気付かなかったことに気付いたり・・・・
要は潜在化しているのもを顕在化する。暗黙値を形式値にする。そんなことをすると立てなくてもいい波風が立ちます。 いろんなところで差し障りがでます反対に気付きがあったり、ストンと腑に落ちたり。この波風や差し障り、気付き、 ストンがコミュニケーションの核になり、コミュニケーションが活発になります。
う?、この文章がわかるのは3人だけかも・ ・・(笑)
ps
近々、社長の為のお絵かき教室をやろうとたくらんでいます。
朝、7時半の特急で福岡から長崎へ。 長崎で2時間ほど仕事して、 今度は佐世保へ。シーサイドライナーという特急です。名前から流線型を想像してましたが、 現物はお弁当箱みたいな3両編成のディーゼル機関車でした。 (笑)
ハウステンボス駅近くで商談して、ハウステンボスから船で長崎空港に向かいました。 船の時間が3時35分でハウステンボスのゲートにたどり着いたのが3時26分。 案内の人に確認してもらったら、波止場までは徒歩で20分、 巡回のバスで10分、 どちらも間に合わないことがわかって、パーク内を走るクラッシックタクシーで急ぐことになりました。 乗り場に着いたのが34分ですぐに乗船。 ハウステンボス滞在時間最短記録更新しました。 9分です。
フクオカベンチャーマーケットで講演させてもらいました。会場は超満員で立ち見がでていました。ありがたい話です。
フクオカベンチャーマーケットはベンチャーのマッティングイベントです。今年で7年目、 福岡以外のエリアからもプレゼンやブース展示に多くのベンチャーが集まることで有名です。 麻生知事が率先してやっておらるプロジェクトで当日も会場にお見えになっていました。
僕の講演の後に総会があり、その後、交流会。麻生知事は交流会にも最後までおられて、皆さんと談笑されていました。
県の方から交流会の後の打ち上げにお誘いいただいてご一緒しました。居酒屋さんに着いたら、麻生知事が「こっちに・・・」 と隣の席をすすめてくださいました。楽しくお話をお聞きすることができて光栄でした。
関係者のみなさん、ありがとうございました。
雨の京都もいいです。
今日は久しぶりに京都で飲んでいました。東京からのお客様と一緒に食事をして、行きつけのお店に。
このお店、お母さんは年齢不詳です。長女が僕の一つ上で次女が僕より5つぐらい下なのでそこから想像して下さい。 学生時代から縁あってお付き合いさせてもらっています。
このお店で元禄さんの話になりました。元禄とは祇園の四条花見小路にある老舗のバーで一見お断りどころか、 一見で入る勇気のある人がいるのかな?っていうぐらい。四条通に面しているのですが、 観光客では前を通ってもそこがお店とは気付かないと思います。
創業90年
有田芳生氏がコラムに・ ・・「会員制」の看板がかかったバー「元禄」へ。中略 ○○さんが電話をしてくれていたので難なく入れた。 かつては現職の総理大臣さえ「一見」ゆえに入店を断った店なのだ・・・と書いておられます。
玄関はガラス戸で中にカーテン。「会員制」というプラスチックの札がなんとも愛想なく、やるきあるの?
っていう雰囲気でガラス戸に引っかかっています。
30年前、
僕は21歳でした。
先輩に連れってもらいました。元禄に・・・
でも、
お邪魔したのは2回だけだったと思います。
当時はお父様が生きておられて、僕らひよこには怖くて、直立不動で飲んでいたように思います。
その話をお母さんにしたら、「元禄さんの亡くなった大将は私にほの字で、何回も口説かれましたがなぁ。祇園では有名な話どすえ?」やて(笑)
それでは元禄に行こうということになり、
お母さんが電話してくれました。
お店に入ってびっくり、当時のままです。でも、小さく感じました。カウンターとボックス席の間がもっと広いと思い込んでいました。
子供のころに遊んだ路地を大人になって見たら、あんなに狭かったのかって思うよね。それに似ています。(笑)
国鉄時代の電車みたいに座面に直角な背もたれのボックス席。
クッションは真紅のビロード。床はほとんど黒に近いフローリングっていうか板張り。黄ばんだ漆喰の壁、なんともいい高さのカウンター。
これも、高さが120cmだとばっかり思っていましたが110cmでした。
うちの家のバーカウンターは元禄さんをまねて120cmにしたんです。
(>_<)勘違いでした。
丸椅子のハイチェアー。革張りで回りには真鍮の鋲が打ってあります。いいな?。
元禄さんは僕にとってのバーの原点です。
他にもお気に入りのバーはいくつもありますが、みんな90点です。
元禄さんは僕には100点のバーです。
今は娘さんとお母さんでやってはります。
娘さんは確か?僕の一つ上だと思います。
当時の話に花が咲きました。
楽しかったです。
残念ですが、写真はないです。(^_^)
知ってますか?2週ほど前に日テレの特番でやってたと思うのですが、 岡本太郎が1968年メキシコで書い遺作です。 確か、ホテルか何かのロビーの為に書いた縦5.5m横 30mの大壁画です。 しかし、そのホテルが潰れたのか、建たなかったのか?明日の神話は歴史の中に埋もれてしまいました。 その明日の神話が汐留で甦えりました。約1年かけて修復とメキシコからの移動は大変だったと思います。
あきない総研の新オフィスはここから5分のところにあります。 いつまで展示されてるか知りませんが、よければ、鑑賞に。ついでに、オフィスにお寄り下さい。
あきない総研の東京本社のお披露目です。 お越しいただいたみなさん、本当にありがとうございました。
20坪そこそこのオフィスなんでご招待するにも狭すぎます。 そこで、事前申込みも、お土産も、ドレスコードもなしのオープンパーティにしました。好きに来て好きに帰って下さい方式です。 (笑)
7月はあきない総合研究所 開所月間です。 4日、 14日、 21日、 28日。 後2回オープンパーティがあります。 よければ来て下さい。
ただ、この日もとんでもないことになってしまいました。ちゃんとおもてなしできなかったみなさん、ごめんなさい。めでたいパーティなんで、 それに免じてお許し下さい。ビールは酒屋ができるぐらい用意してあるんですが、うれしい悲鳴なんですが、 オフィスに全員が入りきれないのです。今回は7時半から8時半がピークになりました。 早くか遅くが狙い目です。
真ん中の一階にテントが出ているビルの3階です。 ヴィータイタリアの三角公園です。
朝からセミナーに出かけました。今日は経済産業省職員研修です。霞ヶ関であると思い込んでいたら、違いました。 東村山にある経済産業省経済産業研修所でした。 受講生は産業クラスター計画を推進する各局の若手職員の方々27人でした。 4泊5日の合宿研修の5日目、 最終日の午前中を担当しました。きっと、みんなも気持ちはすでに地元に帰ってたんと違うでしょうか?(笑)
ま、難しい話は元々できないので、僕のアキエド、ドリゲでの実体験を色々お話しました。 本に書いてあるようなことは本を読めばわかりますから、本には書いてないこと、書けないことをお話しました。(笑)本よりおもしろいですし、 役に立ちますよ。(^_^)
起業支援の取り組みやネットワークの重要性、形成のポイント等についてお話しました。
アントレプレナープログラム最終回でした。
今日最終回で記念写真!パチリ
アントレプレナープログラムは起業の基礎講座です。土台造りですよね。土台がしっかりしてればどんな家(事業)を建てても大丈夫です。 事業も柔道と一緒で受身が肝心。いつも勝つ訳ではなおいので、失敗した時のダメージを最小にするのが受身です。 この講座は基礎ですからこの受身もしっかり教えます。
アントレプレナーシップって何?起業するとはどういうことか?リーダーシップとは?いい会社ってどんな会社? 経営にとって一番大切なこととは?ビジョンっているの?経営理念と方針って違うの?アイデアってどっからくるの?などなど・・・
このような根本的なことに対する答えを・自・分・で・だ・す講座です。教えません。(笑)みんなでワークします。チームワークですね。(笑)
アシスタントティーチャーが4人もいて、 彼らとも共に勉強しました。あっという間の4回でしたが、 ココでの気付きを宝物に皆さんにはがんばって欲しいです。
ご卒業おめでとうございます。
今日は山内さんの開業3周年記念パーティに行ってきました。 山内一永君、ドリームゲートのアドバイザーで行政書士さんです。「中野坂上行政書士事務所」の屋号でがんばって、 3年です。 立派です。山内さん、おめでとうございます。20人以上の方が集まっておられました。 ワキアイアイの楽しい立食パーティでした。

「株式会社福祉ベンチャーパートナーズ」こんな会社があったんや 「福祉起業家経営塾」え、こんなセミナー信じられん。(大阪弁)吉田は相当興奮しています。(笑)
(株) 福祉ベンチャーパートナーズの大塚由紀子社長は 「事業を通じて障害者の自立を支援し、社会に貢献する」を経営理念に障害者を起業家に、そして、 障害者とともに起業する起業家の育成をしておられます。すごい。これぞ本当の自立支援ですよね。
そして、福祉起業家経営塾。パンフレットの「趣旨とねらい」 にはこう書いてありました。
18歳以上の障害をお持ちの方のうち、 企業等に雇用されている方は1割にも満たない厳しい状況にあります。自立を願うご家族やご本人にとって切実は悩みである 「どう働くか」というテーマに対する1つの答えは、「自分で起業すること」。本講座では、「障害のある方もない方も共に働ける場」 を創ることを目指す「福祉起業家」の育成に向け、経営と福祉双方の視点から必要な知識とノウハウをご提供します。
僕は最近、ニートやフリーターに「きみら、就職無理やから、全員、社長になれ」 って講演しています。彼らの為の起業家塾をしたいと思って悪巧みしています。大塚社長は障害者やその家族に「就職が難しい?なら、 自分でやればいいじゃん」って言っておられます。すごい。でも、そのとおりです。
この福祉起業家塾は今回で3期目、今までのお客様は1/3が障害者の親御さん、1/3が福祉関係の方、 1/3が養護学校の先生とのことです。
大塚社長、時代は変わろうとしています。昔、社会を変えようと思ったら、 政治家になるか、役人になるか、市民運動を起こすかでしたが、今は事業で社会を変えることができます。がんばって下さい。 応援しています。手伝えることがあったら言って下さい。
左から今回大塚社長をご紹介いただいた、 榊原経営デザイン研究所の榊原さん、僕、大塚社長、一番右がスタッフの藤原さんです。
新しい東京のオフィスについてはまたここでお知らせしますが、汐留の西区ヴィータイタリアです。 ここはイタリアの街並みをコンセプトに作られた新しい街です。実は吉田はイタリア人でした(笑)なので、好きな色は赤とグリーンと白です。 ワールドカップも昨日からイタリアを応援しています。(笑)
Reborn!
生まれ変わりました。今日からベンチャー・サポート・ネットワークは(株)あきない総合研究所になります。アキケンって呼んでね。
ベタな名前ですみません。(泣)
東京のオフィスは品川から汐留に変わり、
東京本社に格上げしました。20坪ほど小さな事務所ですが、
近くに来たら寄って下さい。
場所は港区東新橋2-9-7 アンジェロビル3F
事業内容もあれこれ整理、強化しました。
サイトは少し遅れています。もう少しまって下さいネ。
僕がドリームゲートで書いてたメルマガがファーストナビってカタチで生まれ変わっています。 起業のナビゲ? ターってとこかな?僕以外にも20人のナビゲーターがいます。 これからもどんどん増えるみたいです。僕はその中で「起業の心得」っていうのを担当しています。
以下は第9回の 必要なリソースを獲得するチカラ その2
のさわりです。
え!きこりですか?きこりを見るの!はじめてです! 去年、三重県の商工会連合会さんで講演させていただきました。その時、 講演前の応接でその連合会の会長さんにお相手いただきました。その時の話です。その会長さんがすごく元 気で、パワーありました。 会長は昭和一桁生まれ、きっと、70才代だと思うのですが、 終戦の時に二十歳そこそこ、焼け野原の日本を復興した世代です。彼らは「裸一貫」、「この腕一本」って言葉が大好きです。 (笑) 彼も戦後の日本で裸一貫、この腕一本で事業を成長させた起業家の一人です。
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そして、読んだらコメント書いてね。
吉田雅紀のプロフィールは
こちら




















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