ここは京都は祇園、南座の裏、「写楽」っていうバーです。一番左がマスターで大阪万博の年、1970年に開店して今年で34年目。マスターも60歳をいくつか越えてはります。開店からこの場所でず??と商売してはって、僕はきっと大学3年生の時にはじめて連れてきてもらいました。連れってもらったのはバイト先の先輩で祇園に友達が多くて、たくさん、ご馳走してもらいました。(笑)そんなこんなで僕も大学4年生の時には先斗町のバーでバーテンをすることになるんですが・・(笑)この店は僕たちの親父連中もご贔屓で、親父の世代、僕らの世代、そして、僕らの子供たちが飲みに来るようになっています。親子三代のお客さんがいることをうれしそうに話すマスターでした。長く商売をする秘訣を聞いたら?「僕はわがままで、最初にお客さんを選んだからやと思います」って。好きなお客さんだけに来てもらうようにする。(笑)嫌な人には帰ってもらう。(笑)長続きの秘訣は「好きにする」「我侭になる」でした。そして、このお店はいつもピカピカです。古いから歴史があるんですが、埃がない、古ぼけてない、今に生きています。温故知新?ちょっと、ちゃうか?(笑)500本近くあるボトルは毎日磨くとのこと。整理、整頓、清掃、清潔、しつけ、ここもポイントかも?マスター曰く「店が開いてる時が僕らにとって一番楽しく、ラクな時間やそうです」30年、水商売続けるのは至難の技ですよ。プロの中のプロです。
2004年10月アーカイブ
愛知県中小企業振興公社主催のセミナーで話してきました。この日は東京からの移動でした。セミナーの後は交流会で、ショートスピーチと名刺交換。このショートスピーチいいよね。ドリームゲートでも最近の交流会は最初にエレベーターピッチ(1分プレゼン)を入れています。スピーチを聞いて感心のある人は名刺交換に行ったらいいし、プレゼンする人はプレゼンの練習になるし、おもしろななかったら、誰も近づいて来ないし・・(笑)事業アイデアとプレゼン力と自分に試練を与えるいい企画です。
今週のメルマガは「一喜一憂」ってことを書きました。
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一喜一憂
「まーくん、わかるか、男は一喜一憂したらアカン」こう教えてくれたのは亡くなった親父です。小学生ぐらいの話です。(笑)意味はわからなかったけど、親父がよく言っていたから言葉は知っていました。親父が何を言いたかったのか?意味がわかったのは30ぐらいですが、なんとかできるようになったのは最近です。
いや??、行ったり、来たり、大変な経路で、秋田に着きました。(財)あきた産業振興機構 ベンチャープラザ2004での講演でした。講演は1時間ですが、ここまで来るのに2日間かかりました。(笑)10月21日(金)今日、13時から講演なんですが、実は昨日入りで予定していました。もともとは18:00伊丹→羽田→秋田でしたが、
名古屋から近鉄で弥富まで行って、そこからタクシーで木曽岬商工会に行きました。今日は商工会の青年部のみなさんにお話してきました。
創業者はえらい!2代目がいくら事業を大きくしても創業者には勝てない。3代目が新しい技術やマーケットを開拓しても創業者にはかなわない。その創業者に勝つにはみんな創業するしかないよって話です。(笑)その為にはWANTからもう一度考えようって提案してきました。「なんで、今の事業をやってるの?」って質問に対してどう答えますか?みんながそうだとは言いませんが「この家に生まれて、長男やから・・・」これが本音ではないでしょうか?長男は家を継がなければならない。MUSTです。「家業がこれやから、僕にはこれしか出来ない」CANです。MUSTとCANを捨てて、WANTで第2創業しよう!って叫んできました。(笑)
仕事で北大に行きました。台風18号の強風でポプラ並木が倒れた話は聞いていましたが、ポプラだけでなくて、いたるところで、倒れた木が伐採されて、積み上げられていました。写真は札幌農学校時代の建物です。クラーク先生が立てられた建物です。クラーク博士と言えばBoys be ambitious!- 少年よ大志を抱け!-ですよね。これってビジネスのことですよね。違うのかな?スポーツ選手になるとか?芸術家になるとか?政治家、法律家、聖職者、医者、学者っていろいろあるけど、やっぱり事業家ではないのかな?だって、事業家が一番たくさんいるんですから、やっぱり、少年は事業家を目指して欲しいですよね。講演でもよく話しますが、アーティストでメシが食えてる人って1万人ぐらい?そんなにいないですかね。アスリートは1万人ぐらいと聞きました。同じ「ア」でもアントレプレナーは600万人います。個人事業主が350万人、法人社長が250万人。これからはもっと増えてもらわないといけないので・・ Boys be entrepreneur 少年よ!起業家を目指せ!英語間違ってたらごめんね。 吉田流解釈でした。![]()
宅配のお弁当です。じゃこ飯弁当、お味噌汁が付いて23元(322円)です。日本人向けなので高いです。ちなみにラーメンは5元の店から10元、その次は30元とさまざまです。
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これは渡邉大樹社長?の部屋です。今回は彼の所に泊めてもらいました。60??以上はあると思うのですが、バス・キッチン、家具付きで月/3700元です。独身24歳にしてはちょっと贅沢かも。インターネット環境もあって、申し分ないです。上海に来たときは今までホテルでしたが、これからはここが寝床になります。(笑)
今日はその大樹と買い物に行きました。食器洗いの洗剤、油汚れを取る洗剤、お風呂の洗剤、おトイレの洗剤、そして、スポンジを買いました。だって、大樹はこっちに来て2ヶ月ですが家には洗剤らしい洗剤はなし、つまり、この2ヶ月掃除をしていません。お風呂には毎日入りますがそのお風呂は2ヶ月洗わないでも平気な好青年です。(笑)
壁みたいに見えるのはロッカーの背中です。その向こうがベッドです。
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古北とは通りの名前なんですが、上海になじみのある日本人なら誰でも知ってる日本人村です。このエリアにいる限り中国語はもちろん、英語もいりません。何から何まで日本語で通じます。このカルフールは僕が見た限り、日本人、台湾人、韓国人、白人、中産階級の上海人がお客様です。なんでもあります。日本より商品は豊富かも?好みは別ね。
今、上海はベビーブームです。これを教えてくれたのは僕の対談記事を書いてくれているライターの大原さんです。「吉田さん、上海は今、ベビーブームです。ほら、妊婦さんが多いでしょ」って先を見たら妊婦さんでした。横を見たら、また、妊婦さん、本当に多いようです。彼女曰く「去年は未年で出産を控えた人が今年に集中しています。中国では未年の女の子は家を破産さすって言われています。日本の丙午とよう似たもんです。それと、30歳前後の人口が多いようです」なんで30歳前後?・・・ということは1974年生まれ?がなんで多いのか知りませんが、政変が関係あるのかな?ま、ベビーブームであることは事実みたいです。そう言う大原さんも実は3人目がお腹にいます。12月が予定日で彼女は29歳です。あらら、ぴったり。でも、日本人です。(笑)
メルマガとかblogでも書いたことがあるのですが、広島は世羅西の脱サラ百姓、大室さんが大阪のレストランチェーン「バルニバービ」とのコラボで「とうちゃんぷりん」を発売しました。パチパチパチ。
大室さんは平場飼いの鶏の卵を提供、バルニバービ「エナルジア」の小林シェフがこれを特性のプリンに仕上げました。
2004年3月27日梅田のスローブルーコンシャスでバルニバービの佐藤社長と大室さんが会いました。このコレボはここからスタートします。そして、2004年10月6日にこの「とうちゃんぷりん」はエナルジアのメニューとして大阪でデビュー。早速、食べに行きました。(笑)おいしかった。とうちゃんの味がしました。
エナルジアのすべてのテーブルにとうちゃんぷりんのスタンドPOPが立っています。そこにはこう書かれています。
僕が食べ物の事を意識し始めたのは、女房の妊娠と出産がきっかけでした。僕も父親になるんだあ。自分に何ができるだろうと考えました。まっとうなものを、腹いっぱい食わせてやりたい。僕の言うまっとうなものとは、まじりっけのないもの、自然なものと言う意味です。別に、ブランド品じゃなくていいんです。で、あれこれ考えて自分で作ることにした。これが原点です。家族のために作ったものを、今度は色々な人にたべてもらって生業にしよう。それが僕の農園のスタートでした。
大室さんを応援するプロジェクトがあります。僕もこのプロジェクトの一員ですが、このとうちゃんぷりんはそのプロジェクトのみんなの思いがぷりんになったんだと思います![]()
F R I D A Y D R E A M G A T E マガジン vol.29 史上最強の開拓親父 その一
F R I D A Y D R E A M G A T E マガジン vol.30 史上最強の開拓親父 そのニ
今日は、(株)アップルシード・エージェンシーが主催するパーティに参加してきました。社長の鬼塚さんにお誘いいただいて参加したのですが、100人以上のパーティで知っている人はその鬼塚社長ぐらい。気の弱い吉田は壁の花となっていました。(笑)
鬼塚さんは作家さんのエージェントをしておられます。彼も起業家で独立して3年目です。それまでは海外の書籍を日本で出版する代理店みたいなところにお勤めでした。毎日、全世界から送られてくる本を「タイトル」「目次」「はじめに」「著者の紹介」この4点を見て日本で売れるかの判断を即座にして、日本で売るならどの出版社が最適か?どんな日本語タイトルが売れるか?誰に翻訳さすか?そんなことを毎日しておられたみたいです。鬼塚さんはこのノウハウを活かして、日本の新人作家、特にビジネス本を書く人を発掘して、海外の本と同じようにプロデュースして出版社に売り込む事業を会社に提案されたようです。でも、会社は「うちは海外モノの会社」とのことでこのプランはみごと没。(笑)それなら「自分でやるよ」って独立されました。それが3年前。
僕の著作物についても彼のところでプロデュースしてもらっています。その第一作目「自分自身に挑戦する生き方??社長になろう!??」このblogと同じタイトルの本が年内の出版になります。
当日は出版関係者、作家、セミナー主催者などなど、僕には始めての世界で、誰にどう?ご挨拶していいのか?わからないので、うろうろ、していました。ここ数年、パーティと言えば主催しているか、ゲストとして呼んでいただいてるか、どちらかでしたので、名刺交換技術が鈍ってしました。(笑)反省です。人間、楽したらあきませんね。
わかっているつもりでしたが、DGの交流会に勇気を振り絞って来ておられるみんなの気持ちを再認識しました。DGスタッフのみなさん。ビギナーを大切にしましょう!常連はほっといても楽しみますから・・・(笑)
今日はドリームゲートの2004下期キックオフ!です。半期に一度、中長期目標の再確認と半期のアクションプランをみんなですり合せています。ドリームゲートの運営母体は財)VECですが、このプロジェクトに関わるみんなは出向、専従、委託、アルバイトなどなど、いろんな働き方でこのプロジェクトに参画しています。プロの集団を目指す僕たちはそれぞれのミッションに向かって全力投球。普段はプロジェクト毎に離れて仕事をしているので半期に一度ぐらいは全員集合しないとちょっとの軌道のズレが先では大きなギャップになってしまいます。なので、半期に一度です。プレゼンしてるのはわれらが統括本部長、松谷さん。![]()
よしだご機嫌です。(笑)
DGの専門家向けのセミナーでした。福岡に続いて2回目です。起業支援に必要なスキルというか、マルチ専門家への道(笑)みたいな専門家のスキルアップセミナーです。場所は東京。参加者は39人。駆出し専門家の体験談としてDG登録アドバイザーの宮嶋さんにもお話いただきました。みんな熱心に聴いていただきました。福岡では2時間の持ち時間で用意したレジュメの半分しか話せなくて、うちのスタッフに叱られたのですが、今回は20分も余分に時間をもらったのにまたまた、5分オーバーしてしまいました。(泣)やっぱ、3時間は要るかな?うん、、4時間かな?
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マルチ専門家って考えは「専門バカ」について考えたところから始まっています。以下は昔々書いたコラムです。暇な人は、本当に暇な人は読んで下さい。忙しい人は読んだらアカンよ。(笑)
第十話 専門バカの進化論
この進化論は以前、僕が参加していたプロジェクトの成果物です。研究班みんなの共通資産のひとつです。当時の問題意識は「専門バカばっかりで困る」っていうものでした。しかし、議論が進むにつれて、その専門バカってほんまに専門スキル高いの?専門バカにも到達してなかったりして・・なんて話からこの「専門バカ進化論」が生まれました。
それでは――専門バカの進化論――の始まり始まり・・
『専門バカ』は進化する。この進化には前段階と後段階があり、『ニセ専門バカ』→『専門バカ』→『マルチ専門バカ』と進化する。また、私達研究班の解釈では『専門バカ』という表現は、一般 社会で使われているような揶揄した意味ではなく、どちらかといえば誉め言葉に分類される。それでは、それぞれの 生息地、得意技、口癖などを紹介することでその全容を説明したいと思う。
まず『ニセ専門バカ』であるが、生息地は大企業社内に多く、別 に大した専門バカでもないのであるが、長く同じ部門に従事することでこのニセ専門バカが繁殖する。この個体はネゴに際して、専門用語を多用し、相手を煙にまく得意技を持っている。
また、簡単な話をややこしくして、本人もわからなくなったり、最後には「難しい??」で帰ってしまう。口癖は、「それは専門外だ・・」「君は専門じゃないから・・」「それは難しい、そんなことができるか!だから素人は困る」など。
この『ニセ専門バカ』の個体の中で特異な少数個体だけが、次の『専門バカ』に進化する。これは、ほとんど突然変異である。先ほどの『ニセ専門バカ』に比べると本当の『専門バカ』で研究開発部門、技術部門に特に多く生息する。確かに専門性は高いが専門外に興味を持たないという特徴がある。得意技は「没頭」。自分の世界に入ってしまう。『ニセ専門バカ』のように自分の存在を主張しようとはしないが、干渉も嫌う。口癖は「ほっといてくれ・・」彼らは職人とも共通 点を持っていて、「できないでょ?」とか「難しいでしょ?」と云われると俄然燃える!やっぱり、その辺が本物の『専門バカ』と云われる所以である。
最後に進化の到達形である『マルチ専門バカ』。
彼らは自分の専門分野を持ちながら専門外についても幅広い知識があり、名前が表すように『マルチ志向』の『専門バカ』である。専門については抜群の見識とスキル、経験を持っていながら専門外についても好奇心が強く、勉強熱心である。各分野に平均点以上の見識があって、尚且つ専門分野は一流。私風に表現すると「天下一品こってり味」。企業内部にも生息するが、ほとんどの場合、その能力をフル活用している企業は少なく、「変わり者」と評価されている場合が多い。企業内部生息型に比べ独立系生息型の場合はネットワークも広く、楽しくやってる固体が多い。得意技はフットワークの軽さ、「誘われたら<断れへん、誘えへんかったら、誘うぞ!」。「なになになに・・」と何にでも興味を示し、首を突っ込む。専門分野の難しい話を簡単に説明できる。口癖は「おもしろい!やってみよう!」「何が・・、そんなん簡単やん!」そうです。『マルチ専門バカ』は「軽い」のです。
神奈川県・津久井地域産業振興協議会(長いな??)主催の創業フォーラムに参加して来ました。「夢の実現・起業家になる!」のテーマで3人のパネラーと一緒にディスカッションしました。
交流会の写真です。向かって左から企業組合ビル・サービス・エンジニア・グループ代表、福井定一さん、(株)ウォーブン・ハーツ代表、小宮山眞佐子さん、そして、最後はウィル・シード代表、船橋力さんです。
みなさん、元気な人たちですが、小宮山さんにはビックリしました。7年前にいろんな経緯から保育園を起ちあげられて、今ではその保育園は3施設になっています。それとは別に社会福祉法人「みわの会」あかね台光りの子保育園を設立。いや??事業家ですよね。すごいです。そして、5人の子供達を育てて、今はお父様、お母様のお世話もしておられます。母であり、主婦であり、事業家であり・・・できる人は出来るんですよね。
福井さんはビルメンテの企業組合を95人のメンバーまで育てられた人です。この組合、少し変わっていて、社員のほとんどが60歳以上、定年は70歳です。シルバーの人たちにやりがい、生きがいを与える仕事です。
船橋さんは日本の教育はこれではダメだ??!っていう問題意識からウィル・シードを起ち上げられます。トレーディングゲームを中心に体験型の教育を企業に、学校に、導入しておられます。船橋さんは以前からお付き合いあるんですが、熱い男です。(笑)僕の回るには熱い青年が大いのですが、その中でもピンです。社会変革型起業家です。
今週のメルマガは「引き際・・・」ってことを書きました。
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「引き際・・・」
黒井克行著「男の引き際」(新潮新書)っていう本を読みました。山口百恵、江夏豊、本田総一郎と藤澤武雄、堀田力などの引き方(?)から引き際を考える本でした。株と一緒で一番底値で買って、一番高値で売るのは難しい。まったく人生も同じですよね。著書によるとロッキード事件で有名な堀田さんは定年まで6年を残して、大臣官房長の時に辞任されます。当時、堀田さんの辞任、ボランティア活動への転進を世間は賞賛したもんですが、仲間からは「敵前逃亡」「無責任」と批判もあったようです。株の高値、底値はわかりやすいので問題ないですが、引き際は人それぞれ、評価はまちまち、自分にも仲間にもいい引き際とは難しいものです。
僕のお袋は僕が25才で、僕の親父は僕が30歳で亡くなっています。その頃「死」についていろいろ考えたり、本を読んだりしましたが、僕なりの結論は「死に様とは生き様である」ってことでした。お袋は胃癌が転移して、親父は白血病で、どちらも闘病の末、亡くなりました。二人とも自分の死を予感していたと思います。でも、本当に静かに死んでいきました。覚悟が出来ていたのか、悟っていたのか・・・。僕には自信がないです。僕なら「死にたくない??」って暴れまわるような気がします。(笑)引き際と死に様って僕には共通点が多いように思います。「死に様=生き様」と同じで、引き際も引く時に考えたのでは遅いようです。事業のやりようの中に自分の引き様が決められているというか、決まっているというか・・・。
僕は死に様も引き際も、どちらも、ジタバタしないで、さっぱり、すっきり、辞めたい、死にたい、といつも思っています。出来るかどうか自信ないですが・・・(笑)
今日の一言
「潔い」(いさぎよい)日本にはいい言葉があります。
吉田雅紀のプロフィールは
こちら











