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よしだが行く あきないえーど編
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■ 「3年たったら・・・」 第五十六話 株式会社ビットスタイル 佐藤康之 社長
著:「あきない・えーど」所長 吉田雅紀
今回、ご紹介するのは株式会社ビットスタイルの佐藤康之社長です。http://bitstyle.com第16話にご登場いただいたプリモ販売の小河社長からのご紹介です。佐藤社長、昭和41年生まれの35才、僕と同じ午ですが‥年は一回り下です(笑)。

干支は同じ‥。お年は僕より下。最近このパターンが多いんです。それで、ちょっと、調べてみました。そしたら、総務省の統計トピックスで「午年生まれは947万人」という記事を見つけました。それによると、僕の思ってたのとは逆で「午」っていう干支生まれ自体が人口の中で一番少ないんです。(H14/1/1現在)947万人しかいません。ちなみに一番多い干支は丑で1144万人。もう一つ。その少ない午年生まれのなかで、佐藤社長の年、昭和41年は丙午やったんで、これまた一番少なくて、133万人しか居てはりません。てなことで、労働人口の中で佐藤社長の年は一番人間が少ない年ということになります。
「多い」というより「少ない」って言われる方がそれだけで気分いいですよね。なんか選ばれたって感じしませんか?
選ばれた午年の佐藤社長ですが、OA機器の販売・LAN構築・WEB製作・ノベルティーグッズの販売をしておられますが、その中でビジネスホン、コピー・FAX、パソコンの販売と保守の仕事が収益のメインです。お客様はアナログ回線を未だに使っておられる中小企業や個人事業者。最初のアプローチはテレアポです。オペレーターが日に5000件から6000件にアプローチします。そこで「営業に来てもいいよ」って言われたお客様にマネジャーがもう一度、お電話で現状のヒヤリングをかねて電話で営業します。これが日/150件。相手の現状や手ごわさ(笑)なんかを評価して、派遣する営業マンを決めます。お話によるとこの電話営業ですでに契約までクロージングが済んでいるものもあるらしいです。こんな場合は派遣するのは新人営業マンでもOKですよね。この手法で月40件から50件の新規成約を取っておられます。

効率いいと思いませんか?実はいくつか仕掛けがあって、そのツボもお聞きしたんです。「なるほど!」っていうお話やったんですが、これは企業秘密。ここに書いたら、佐藤社長にしかられます(笑)。
佐藤社長は平成元年に社会に出られてから、ま~、それはいろんなことがあったようです。サラリーマン、雇われ社長、共同経営者、そして、現在‥と、やっぱり、選ばれた午年は違う!(笑)。

かの有名な京都産業大学の応援団出身の佐藤社長は平成元年に證券会社に就職しはります。トップを走る営業マンでしたが、上司にめぐまれなかったと言うか、会社でのビジョンが見つけられずに、悶々とした日々を過ごさはります。そんな時にお客様の社長に誘われて、秘書代行サービスと新電電の取次ぎサービスの会社を立上げはります。これが平成の3年。つまり、大手證券会社には3年しかいてなかったことになります。
このことでも、なんとなく佐藤社長の性格が分かるでしょ?「おもろないし、夢もないし、だから辞めました」いや~。わかりやすいわ~。でも、それでも辞められなくて20年勤めてる人がいっぱい、いてるんですが‥(笑)。
事業はうまく行くのですが、よくあるお金のトラブル。最初の出し金が出資金か貸付金かでトラブったようです。これは裁判まですすんだとのことですが、結果的に佐藤社長は裁判にも勝たはってケリがつきます。
この事業から手を引かはったんは平成6年なんですが、その時、以前から親交があった中堅ゼネコンの社長に引っ張られて、一時サラリーマンをしはります。そして、また3年が経ちます。
平成9年。佐藤社長のアントレプレナーシップは沸々とたぎってきます。じっとしてられへん性格なんでしょうね(笑)。以前から温めていたビジネスプランがあって、そのプランを親交のあった別の会社の社長に提案しはります。トントン拍子でことは進んで、新しい会社が立ち上がります。この会社は賃貸住宅の取次ぎサービスなんですが、家を建替えている施主の仮住まい専門取次ぎ店です。お客さんは家を建替えるハウスメーカーの営業マンからの紹介です。この世界ではハウスメーカーの営業マンが自分で仮住まいも探していました。家も売らなあかんし、仮住まいも探さなあきません。今の家を潰さなあかんので、これが決まらないと話が前に進すまんのです。この営業マンの手間を取って変わろうというのがこのサービスです。営業マンは願ったり叶ったりですからどんどん紹介がきました。関西近郊には30数ヶ所の住宅展示場があります。そこには殆どすべての大手ハウスメーカーが出店してます。このすべてと取引をするようになって、業績は右肩上がりで伸びていきます。

業績は上がるんですが、またまた、問題が‥。親会社の社長のご子息が佐藤社長の会社に入ってきはりました。それだけではなかったようですが、だんだん雲行きが変わってきました。佐藤社長は前回の教訓から大モメになる前にこの会社を辞めることに決めはります。それが、平成12年。また、3年なんですが‥(笑)。
次は「自分の会社を作ろう」ってことになります。時はネットバブル全盛期!「目指せ!IPO(株式公開)」ということでインターネットビジネスをスタートされます。ところがちと遅かった。その平成12年にネットバブルは崩壊。ブームで一儲けっていうのはやっぱ甘かったとひたすら反省。平成13年から今の事業に本腰を入れはります。
佐藤社長は、この事業の完成型は機器の売上50%、保守・メンテ料50%やというてはります。ただ、この業界には強引な営業で「売ったら終わり」という業者が多くて、そことははっきり違うと言い切ってはりました。「うちは保守が50%の会社になりたいですから、売りの時にウソがあったらあきません。絶対!ウソつくような営業はここではご法度です。『正直に商売する』これがうちの鉄則です。‥でないと、長いお付き合いができないでしょ」
佐藤社長はクレームを見ていたら自分とこの営業マンがどんな営業をしているのかわかるとおっしゃってました。佐藤社長のとこではクレーム対応は上司の仕事らしいです。どんなに誠意を持って営業してもクレームはつきものです。このクレーム対応が率先垂範して出来ない管理職はクビらしいです(笑)。
佐藤社長が證券会社にいた時の上司はクレーム対応にいやな顔をする人やったらしいです。部下は得意先と会社に挟まれることになります。これでは営業マンが思い切った営業が出来ません。クレームは任せとけ!オレが対応したる。お前らは「正直な営業でバンバン行け!」これが佐藤流らしいです。
経営で大切にしてることは?の質問に佐藤社長は‥
「約束を守ること。正直な商売をすること。当たり前のことを当たり前にやることです。注文を頂いたら、ありがとうございますとお礼を言う。当たり前のことです。そんな当たり前のことを小さなことからしっかりやる。どんな些細な事でも「当たり前」が出来てなかったら、見逃しません。どんなちっちゃなイレギュラーでも見逃したらあきません。経営者として『当たり前』を徹底しています」

最後にこんなことも言ってはりました。
「いっぱい、失敗してきました(笑)。人を信じ過ぎてもいかんし、信じないのもあかんですよね。若い時にいっぱい痛い目にあってよかったと思っています。若かったので大きな怪我にはならんかったですから‥手頃な値段でいい勉強になりました(笑)」
はい。同じ午年の佐藤社長。ぱっと見、同世代に見えました(笑)。すんません。無駄口です。お忙しい中、本当にありがとうございました。こんな言い方したら、失礼極まりないですが、後12年経って、また午年が来た時にどんな経営者になってはるか‥めっちゃ、楽しみな佐藤社長でした。一応、年上なんで‥期待させてもらいます。ハイ。(笑)
ほんとうにありがとうございました。
■「よしだが行く!」鞄持ち後記■
第56話 大阪産業創造館 広報チーム 友藤 雅樹

はじめまして。大阪産業創造館の広報チームであきない・えーどを担当しております、友藤 雅樹と申します。いつも、この「よしだが行く!」のWEB更新作業をやってる者でもあります。今回は、いつか付いて行きたいと日頃思っていた鞄持ちに、とうとう自分が行くこととなりました。
伺った先は「株式会社ビットスタイル」の佐藤社長です。細かい内容は上記の吉田所長のお話をお読みいただくとして、僕としては今回気になったのは手を組んだオーナーと結局うまくいかずにもめるという話です。
僕自身も20歳のときにライブハウスの雇われ店長となり、2年後には法人化して頑張っておりました。しかし、うまくいくにつれていろいろな面でオーナーとの意見は食い違うようになり、結局会社を放棄し独立した経験があります。しかし社長もおっしゃってましたが、今となればいい経験だし、感謝しています。
僕の場合は、その頃の経験や人脈が今に活きていると思っています。
といっても24歳のまだまだ若造なのでこれから色々な失敗をして成功したいと思います。
個人サイト
迦葉-KASYOU-
http://www.kasyou.com
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